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山は芸術の源泉

2021/06/11

朝、家を出て、ふと愛宕山を見上げると山がずいぶん青みがかってきたことに気がつきました。ひと月前のにぎやかな新緑とは明らかに違う、葉が成熟して落ち着いた、しかしあふれる生命力を感じさせるような色合いです。東山魁夷の『緑響く』を鑑賞したような気分になりました。

『緑響く』は、八ヶ岳の御射鹿池(みしゃかいけ)がモチーフです。東山魁夷は風景画を数多く描いていますが、その多くに山の存在を感じとることができます。とくに私の印象に残っているのは、松本美術館の企画展で見た槍ヶ岳の大作です。美大生時代の作品とキャプションのついたその絵は、大きな額縁いっぱいに、槍の穂先がとげとげしく描かれていて迫力がありました。おそらく山好きの多くの方に共感してもらえると思いますが、頭が山だと認識すると、目が勝手に登り口を探し始めることがあります。東山魁夷の槍ヶ岳と対峙した私も、いつの間にか穂先の岩に手をかけていて、風の息づかいまで伝わってくるようだったことを憶えています。

東山魁夷がまだ若いころ、日本の風景画の第一人者として活躍したのが吉田博です。版画の技法を発展させ、立体的な色使いで描かれる空と山はその緻密さに驚きます。吉田博は山を愛し、たくさん山に登っています。おそらく登山中に描いたのであろう素描を見る機会がありましたが、スケッチノートを間近で見るとこれが巨匠の素描かと舌を巻くばかりでした。

同じ山に何度か登ると、山の同じ表情、同じ空には二度と出会うことができないことを実感します。偉大な画家に感化されて自分も山と空の姿を描き写したい衝動にかられることがありますが、今はスマートフォンで写真を撮るのが精いっぱいです。